
AI活用は採用の先へ
――人材育成から定着まで、外食・小売の現場で広がる新たな可能性
AIの活用領域が、採用からその先へと広がっている。
近年、採用業務では、応募書類のスクリーニングや面接の日程調整、求職者からの問い合わせ対応など、これまで人事担当者が担ってきた業務へのAI導入が進んでいる。応募から入社までの期間を短縮する動きも出てきた。
では、採用された人材が実際に職場で働き始めた後はどうだろうか。
オンボーディングや業務研修、日々の業務、事務作業など、AIが支援できる領域はまだ多く残されている。さらに、こうした業務の効率化は、人材の定着にもつながる可能性がある。
この動きは、とりわけ小売・外食業界にとって意味が大きい。
両業界では、慢性的な人手不足が課題となっている一方、現場には「人が対応する必要はあるが、高度な判断を必ずしも必要としない」業務も数多く存在する。
例えば、ベーカリーのレジでは、焼きたてでバーコードの付いていないパンを見分けなければならない。食堂では、顧客のトレーに載った料理を確認する必要がある。飲食店では、注文を受けた出来立ての料理を一つひとつ処理しなければならない。食後の会計で、使用した食器の種類に応じて料金を計算するケースもある。
こうした業務について、「どこまでを人が担い、どこからをAIやデジタル技術で支援するのか」という視点で見直す企業が増えている。
AIは、採用を効率化するためのツールから、店舗の日常業務を支えるテクノロジーへと、その役割を広げ始めている。
採用現場では、AIによる業務支援がすでに始まっている
まず変化が表れているのが採用だ。
近年は、求職者側でも生成AIを使って履歴書や応募書類を作成したり、面接の準備をしたりするケースが増えている。一方、企業側でも、大量の応募情報を処理するためにAIを活用する動きが進む。
Workdayのグローバル労働力調査によると、調査対象となった組織の77%が、今後1年間で採用におけるAIの利用を拡大する予定だと回答した。主な用途として、履歴書のスクリーニング、候補者のスキル評価、採用業務における反復作業の自動化などが挙げられている 1。
外食業界では、こうしたAI活用が具体的なサービスとして導入されている。
米国の大手レストランチェーン、Chipotle Mexican Grillは2024年、ParadoxのConversational AI採用システムを導入した。同システムでは、AIによるバーチャルチームメンバー「Ava Cado」が求職者とのやり取りを担い、会社に関する質問への回答、基本情報の収集、面接の日程調整、採用者への通知までを行う。当時、3,500店舗以上への導入が予定されており、店舗スタッフの採用にかかる時間を最大75%短縮することが目標とされていた 2。
2025年にChipotleが公表した導入後の結果を見ると、応募完了から勤務開始までの平均期間は12日から4日へと短縮された。応募完了率も約50%から85%超に上昇し ※、応募者数はほぼ倍増した 3。
一方、米国レストラン協会(National Restaurant Association、以下NRA)は、採用と人材定着を引き続き外食業界の重要な課題として挙げている 4。AIやデジタル技術の活用も、採用だけにとどまらない。オンボーディングや研修、シフト作成、従業員管理などへと対象が広がっており、管理者の事務負担を減らし、店舗運営やチームマネジメントに時間を振り向けるための手段としても使われ始めている 5。
つまり、「人を採用する」ことは、AI活用の出発点にすぎない。採用した人材が、いかに早く仕事を覚え、現場に定着していくか。次に問われるのは、そこだ。
入社後の「仕事を覚える時間」も、AI活用の対象に
採用した人材が現場で働き始めれば、企業は次に研修や業務習得のための時間とコストを負担することになる。
NRAの2026年の調査によると、米国の外食業界では、時給制従業員が企業にとって「Net Positive(投資を上回る価値を生み出す状態)」になるまでに平均31.8日かかる。管理職および月給制従業員では、平均72.2日だった。採用してすぐに、企業が採用・入社・研修にかけたコストを回収できるわけではない。一定の研修と適応期間を経て、初めて一人前として業務を担えるようになる 4。
そのため、「入社したばかりの状態」から「一人で業務をこなせる状態」までの期間をどう短縮するかは、外食業界におけるテクノロジー活用を考えるうえで重要なテーマになっている。
NRAの調査でも、オンボーディング、研修、従業員管理の改善にデジタルツールを活用する企業が見られる。2025年の調査では、従業員研修に加え、シフト作成や従業員管理の効率化にもテクノロジーが使われていることが示されている5。
ここで注目したいのが、AI画像認識の活用だ。
バーコードのない商品を「覚える」負担をどう減らすか
ベーカリーやレストラン、食堂などの現場では、新人スタッフが業務を覚える際、バーコードのない商品を識別することが一つのハードルになる。
コンビニエンスストアなどのパッケージ商品であれば、バーコードをスキャンすれば商品を特定できる。一方、焼きたてのパン、惣菜、出来立ての料理などには、バーコードが付いていないことも多い。
焼きたてのクロワッサン、あんパン、ケーキ、手作りのスイーツ――。こうした商品は、個々の商品に標準化されたバーコードがないケースも少なくない。
そのため、新人スタッフが短期間で多くの商品を覚え、レジで正しく識別できるようになるまでには、一定の研修期間が必要になる。
AI画像認識を会計プロセスに組み込めば、この「商品を見分ける」という作業をシステムで支援できる。
すべての商品を覚えてからレジに立つ必要はなく、実際の業務を経験しながら商品を覚えていくことも可能になる。
台湾・新竹のベーカリー、RT Baker House 雅特烘焙は、2022年にAI画像認識による会計システムを導入した。会計処理のスピード向上に加え、新入社員の研修期間についても、従来の1~2カ月から1~2週間に短縮できたと説明している 6。
基本的な研修を終えたスタッフが現場に入り、商品の識別はAIが支援する。

レストランや食堂にも広がる可能性
同じ考え方は、レストランや食堂にも応用できる。
弁当や惣菜などの出来立ての商品を画像認識で識別するほか、食器を基準に料金を計算する業態であれば、AIが料理だけでなく、使用する「容器」そのものを認識することも考えられる。
こうした作業は、一件だけを見れば決して複雑ではない。しかし、1日に数百件、場合によっては1,000件を超える取引の中で繰り返されれば、その積み重ねは決して小さくない。
商品を一度検索する。
POSに一度入力する。
商品を一度目視で確認する。
一回ごとの差はわずかでも、それが毎日繰り返されれば、現場スタッフが実感する業務負担の違いにつながっていく。
人材定着を考えるうえで、入社後90日が重要に
採用し、仕事を覚えてもらう。そこまで進んだ後に、もう一つの課題がある。その人材が、職場に定着するかどうかだ。
NRAの調査では、入社後30~90日は人材定着における重要な期間とされている。体系的なオンボーディング、上司と従業員とのコミュニケーション、メンター制度、明確なキャリアパスなどは、新入社員が職場に適応し、働き続けていくうえで重要な要素となる 4。
ここでも、テクノロジーの役割を考える余地がある。
AIやデジタルツールが一部の反復的な業務や事務作業を支援すれば、管理者が本来向き合うべき従業員とのコミュニケーションや研修、日々の指導、チームづくりに時間を使いやすくなる。
もっとも、テクノロジーだけで人材が定着するわけではない。NRAの調査も、自動化やデジタルツールの導入が進む一方で、人とのコミュニケーションが採用、オンボーディング、定着において重要であることを強調している 4。
AIが担える仕事が増えるほど、人が担うべき役割もまた明確になる。
「採用を支援するAI」から「現場を支援するAI」へ
小売・外食業界におけるAI活用は、採用活動だけでは捉えきれなくなっている。
採用、オンボーディング、研修、そして日々の店舗業務。AIは、これまで人が処理してきたさまざまな業務プロセスに入り始めている。
採用では、企業がより効率的に人材を見つけることを支援する。入社後は、新人が業務を覚えるまでの負担を減らす。現場では、商品検索や入力、目視確認といった反復作業を支援する。
こうして見ると、AIの役割は「企業が人を採用するためのツール」から、「従業員が仕事を進めるためのツール」へと広がりつつある。
そして、この変化は人材定着とも無関係ではない。
新人がどのように仕事を覚えるのか。
日々の業務をどれだけスムーズに進められるのか。
管理者が従業員とのコミュニケーションやチームのマネジメントに、どれだけ時間を使えるのか。
人材定着は、人事部門だけで完結するテーマではない。現場での仕事の進め方そのものとも深く関わっている。
[出典]
1 “Workday Global Workforce Report: Job Market Tightens as AI Reshapes Hiring Processes.” Workday. https://newsroom.workday.com/2024-09-10-Workday-Global-Workforce-Report-Job-Market-Tightens-as-AI-Reshapes-Hiring-Processes.
2 “CHIPOTLE INTRODUCES NEW AI HIRING PLATFORM TO SUPPORT ITS ACCELERATED GROWTH.” Chipotle. https://newsroom.chipotle.com/2024-10-22-CHIPOTLE-INTRODUCES-NEW-AI-HIRING-PLATFORM-TO-SUPPORT-ITS-ACCELERATED-GROWTH.
3 “CHIPOTLE AIMS TO HIRE FUTURE BILLION DOLLAR BUSINESS LEADERS IN NEW “BURRITO SEASON” HIRING PUSH.” Chipotle. https://ir.chipotle.com/2025-02-19-CHIPOTLE-AIMS-TO-HIRE-FUTURE-BILLION-DOLLAR-BUSINESS-LEADERS-IN-NEW-BURRITO-SEASON-HIRING-PUSH.
4 “Research Insight: Hiring-and-Staffing. How Onboarding, Managers, & Technology Drive Restaurant ROI.” National Restaurant Association. https://www.restaurant.org/research-and-media/research/research-reports/research-insight-workforce-hiring-staffing/.
5 “Research Insight: Workforce Technology. Transforming Restaurant Recruitment & Retention: Leveraging Technology in a Shifting Workforce Landscape.” National Restaurant Association. https://restaurant.org/research-and-media/research/research-reports/research-insight-workforce-technology-report/.
6 “少子化、離職率に対抗!新竹RT Baker HouseがAIで営業効率アップを目指す。” Viscovery. https://viscovery.com/ja/how-rt-baker-house-responded-to-declining-birth-rate-in-taiwan/.
※ 応募完了率について:ここでいう「応募完了率」とは、採用システムにアクセスして応募フォームへの入力を開始した求職者のうち、フォーム全体への入力を完了し、実際に応募を送信した人の割合を指す。